新年を迎えて

2010年01月29日

出久根です。

明けましておめでとうございます。

今年も宜しくお願いします。

年末年始は、いかがお過ごしになりましたか?

わたしは、毎年茨城の実家に帰るのですが、今年は、初めて東京で過ごしました。私の実家は、農家で年末年始は、七草粥でおなじみのせりを出荷しているので、大晦日と元旦だけ仕事を休んで、後は、仕事をしています。両親にとっては、一年の中でも忙しい時期です。

それでも忙しい合間を利用して美味しいおせち料理を作って出迎えてくれます。

今年は、年末の予定がはじめ不確定だった事と、この時期のおせち料理のカタログや宣伝につい興味が湧いてしまい、東京で過ごすことににしました。

おせち料理と好きな日本酒、ワインを準備して新年を向かえましたが、何か物足りない感じで、唯一良かったことは、テレビのチャンネルを選ぶ権利が自分にあった事くらいでした。

心のこもった料理と家族のもてなしが、一番だとつくづく感じました。両親と兄には感謝してます。来年からまた、宜しくおねがいします。

という事で今年は、元旦に初めて年賀状を受け取りました。

いつも年賀状をもらう人の中にレナーテというオーストリア人の女性がいます。年賀状というか、クリスマスと新年を祝うカードです。

彼女とは、もう10年以上の知り合いです。

私が始めてイタリアに行った時、語学学校に三ヶ月間通ったのですが、その時のクラスメートでもあり、イタリアでは、学生のほとんどが、ルームシェアをしていて、その時の同居人でした。彼女は、

約3ヶ月のフィレンツェ滞在でしたが、慣れない私たちをいろいろと助けてくれました。

学校が終わるといつも一緒にスーパーに買い物に行きました。その時いつも彼女はこう言いました。

「最初から高いワインは、飲んでも仕方ない。一番安いものを買いなさい。安いワインの味を知ってこそ、高いワインの味がわかるのです。」

それでいつも買うワインは、400円のワインで、瓶を返すと100円返してもらえる、ワインでした。

今考えるとワインに関して無知だった私にとって、大切な事だと思っています。

レナーテから手紙が来るとあの時自分を良く思い出します。

今年は、その当時のようにがむしゃらにとはいきませんが、おもてなし心をもって、初心の心を忘れずに頑張りたいと思います。宜しくお願いいたします。

 

 

 

 

 

名古屋でビックリしたこと

2010年01月14日

 

星野です。

一月七日から、名古屋にきています。

 期間は、多分?二ヶ月ぐらいだと思いますが

名古屋の皆さん宜しくおねがいします。

という事で、

名古屋でのビックリ5

 

 

         第5位!

    道が真っ直ぐ! 広くて平ら!

名古屋のお店は、眺めが良く、

街並が一望出来ます。

 ビックリするほど、良い道で、とばしたくなります!

事故が多いのも納得できます。

しかも、トヨタの車以外は走っていません!

 

 

         第4位

      女性がきれい!!

びっくりしました!!

みんな、きれいです!!

信じられない人は、是非一度見に来たら良いと思います。

 

 

         第3位

     物価が微妙に高い???

びっくりくりしました!!!

多分、東京なんかより高い気がします!

電車は初乗り200円です。

タクシーはその代わり安いです!

が!乗らないので関係ありません!残念!

値段の事は逆に何を言われるか解らないので、

このぐらいにしておきます。

 

 

         第2位

     鶏肉、豚肉がおいしい!!!!!

びっびっくりしました!!!!!

スーパーに牛肉の姿はほとんど在りません!

有ったとしてもそれは、僕の食費一週間分が

吹っ飛ぶ様な強敵です。

その代わりかどうかは解りませんが。、

鶏肉の質がとてもいいです!

 

 

          第1位

          名駅!!!!!!!

びっびっくりくりしました!!!!!

これは、"めいえき"と読みます。

名古屋駅を降りるとすぐに、この看板が目に着きます。

名古屋の人は合理的に古屋を略して、"なえき"

としているんだなーと思って、普通に"なえき"を

使っていましたが、一向に話が通じません。

名古屋の方は"めいえき"の事を"なえき"と

読み間違えるとは、夢にも思わないそうです!

皆さん!気をつけましょう!

 

2010年01月14日

こんにちは。名古屋勤務の日沖です。

今回は中島敦さんの山月記について書きたいと思います。

こちらの本はいくつかの短編小説の組み合わせで「李陵」 「弟子」 「名人伝」 「山月記」

「悟浄出世」 「悟浄歎異」の6編で構成されています。

『名人伝』

天下第一の弓の名人になろうと志した紀昌。彼は師を探し名人飛衛に弟子入りをした。

そこで彼が飛衛に課される修行は、まず瞬きせざること を学ぶこと。

彼は妻の機織り台を使い2年の期間を経てこれを習得する。

次に師匠から視ることを学べといわれ3年の修行をし、虱が馬ほどの大きさに見えるようになる

までになる。そして師匠飛衛から奥義を伝授される。

その後紀昌は飛衛を倒そうとするが果たせず、身の危険を感じた飛衛は山にこもる甘蝿老師を

紹介する(この老師のに比べれば飛衛の技量は児戯に類するといわれる)。

そして9年紀昌はこの老師のもとで修行を積み天下一の名人となり山を降りた。

その後の紀昌は弓さえ手に取らなくなり気だけでしのびこもうとして来た者を倒せる腕前になる。

そしてついには、彼が死ぬ2年前弓をみてもその名も使い方も忘れ果てていた、という物語です。

これは紀昌が道具に制約されず無意識のうちに身体が状況に応じて反応できる境地に至った

のではないかと思う。よく剣の名人は自分が相手を斬ったこともわからず相手も斬られたことに

気がつかない、何もなかったかのように自然に相手を斬るといいます。

このレベルが「弓を忘れた」ということと同じではないかなと思い小説ながら関心させられる

かぎりです。

『山月記』李徴は天才として名が知られ若くして高位にのぼるがそれをよしとせず詩家として

名を100年残そうと官を辞し人と交わりを絶ち試作に耽る。

後に生活が困窮し再び官職に就こうとするがかつての仲間は出世し自尊心を傷つけられた李徴は

発狂し行方不明になってしまう。李徴の友人袁惨が旅に出たとき虎になった李徴に会い

語り合う。自分がその性格のために持ち合わせていた才能を空費し、自分よりもはるかに

才能が劣っていたがそれを社会のなかで絶え間なく磨いた為に大詩家となった者がたくさん

いる、と告げる。このやりとりに李徴の悲しみとやりきれなさ虎になった自分へのやりきれなさ

が感じられせつなくなる作品です。