庭のあるレストラン
2008年11月21日
今回は、ピンキオーリの前に働いていたアンティーコ ジローネという レストランについて書こうと思います。 働くきっかけとなったのは、この前書いたとおり、ティナおばあちゃん がプルチェ(蓑虫という意味)のフィレンツェの情報雑誌に掲載してく れたことです。 「まじめな日本人がレストランで働きたいといっています。 私が保証します。とっても良い子です。」という内容で。 どうみてもかなり怪しい感じの内容で多分無理だと思っていました。 それに連絡してくれたのが、このレストランのオーナーのモルガンテ でした。後にも先にもこれっきりでしたが。 フィレンツェの郊外にあるこのレストランは、ピザもあり、夏になると、 庭で食事がとれる、開放的でとても綺麗なレストランです。観光客は、 ほとんど訪れず、お客様のほとんどがイタリア人で、週末になれば、 100人以上はいる大きなレストランです。 オーナーの奥さんリザはキッチンを担当し、息子のマルコはサービスを、 そして、その弟のアンドレアはピザを担当するという、家族経営のお店でした。 その頃は、語学が不十分だったため、キッチンで働く事になりました。奥さん 以外にもピザを焼くエジプト人やサービスでは、ブラジル人やスイス人などが 働いているのをみて自分を雇ってみたいと思った事も肯けました。 この時知り合ったのが今でも親友のアンドレアです。スクーターを買うまで 仕事の帰り道乗せていってくれたり、一緒にいろいろな所に飲みに行ったり、 今でも連絡を取り合う仲です。 リザの指導のもとはじめ洗い場をはじめ、最終的には、前菜と簡単な お肉料理を任されました。 リザは、日本に帰る直前にガンで亡くなりました。最後に会いに行く直前でした。 変わり果てた自分の姿を見られたくなかったようです。 ソムリエの試験に合格したとき、店に飾ってあったアンティークのソムリエナイフ をプレゼントしてくれました。 リザが亡くなってからすぐに店も閉店しました。 私にとってこのソムリエナイフがイタリアでの宝物の一つです。




